奥州街道を行く 小鳥谷~一戸 その参 [週末散歩]
稲刈り、順調なようです。
「雷電神社」 由緒などの案内が無いので神社の説明できませんが、変わった名です。
そうこうしているうちに、「女鹿口」の分岐道標が見えてきました。
「天保7年百姓一揆集結地」に向かいます。
「荷坂」道標 この先は山道で登りが続くらしい。
この街道風景こそ往時の姿を留めているのかも知れない。
樹木が生い茂り、木漏れ日が心地よい。
「老ヶ舘」(おいがたて)だが、ここで道が分岐していて迷う。
「老ヶ舘」への道標、この先は行き止まりらしいので今回はそのまま「白子坂」方面へ進む。
今度は下り坂がだらだらと続きます。
そして「天保7年百姓一揆結集の地」
飢饉の多かった東北、特に南部藩は度々の凶作により多数の餓死者を出した農民の暮らしは、筆舌に尽くしがたい。
そんな飢饉の際でも武士階級の餓死者は無かったというから、いつの時代でも無能な為政者に苦しめられる庶民(弱者)
という図式は変わらないのかも知れない。
まだまだ続く。
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2013-09-30 22:58
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コメント(2)
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白い花、綺麗ですね〜
とっても可憐です♪
by oko (2013-10-01 07:01)
okoさんへ
相変わらず学習能力のない又三郎は花の名判りません。
(と言うより調べない、覚えない、覚えられないの3重苦)^-^
by 風の又三郎 (2013-10-01 22:54)